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生きているうちに社会の役に立つことをしたい。NTTコミュニケーションズ 高見 逸平さんの挑戦

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インタビュー

2022/9/26

生きているうちに社会の役に立つことをしたい。NTTコミュニケーションズ 高見 逸平さんの挑戦

今回インタビューをしたのは、NTTコミュニケーションズのデザインスタジオ KOEL でUXデザイナーを務める高見 逸平さんです。

デザインに触れる機会に溢れていた幼少期、筑波大学にてプロダクトデザインを学ばれた学生時代を経て、プロダクトデザイナーとして電機メーカーに新卒入社。「新しいチャレンジがしたい」「自分のキャリアの幅をもっと広げたい」という想いで、富士通への転職、RCAへの留学、慶應大学院への入学、日産自動車への転職を経験。その知識やスキルを活かす次の場所として高見さんが選んだのは、日本のインフラを支えるNTTコミュニケーションズでした。さまざまな領域のデザインに携わり、事業を通じて社会に影響を与えた彼のこれまでのキャリアや今後の展望を伺いました。

高見 逸平(Ippei Takami)|NTTコミュニケーションズ株式会社 KOEL UXデザイナー
電機及び自動車メーカーにて、製品からサービス、UXに渡る統合的なデザイン活動を実践。グッドデザイン金賞はじめ国内外で数多くのデザイン賞を受賞。2022年よりNTTコミュニケーションズ株式会社のデザインスタジオ・KOELにジョイン。

「デザインってすごい」という気付きからデザイナーへ

──高見さんがデザイナーを目指そうと思ったきっかけを教えてください。

父が大手飲料メーカーのインハウスデザイナーをしていたことがデザイナーを目指そうと思ったきっかけです。父がデザインするビールやウイスキーがCMに出ることもありました。また、当時はまだ色々とゆるかったので父の職場へ行き同僚の方々とお話させてもらったり、デザインに関する本が家にたくさんあったりと、幼少期からデザインの仕事に触れる機会が多くありました。

そんな幼少期で一番印象に残っているのは、父にアニメのキャラクターを描いてもらった時のことです。私はもともと絵を描くのが好きで、幼い頃から漫画をよく模写していました。小学3年生の時、いつも通り漫画の模写をしていていると、父が「ちょっと貸して」と言って、私のノートにアニメのキャラクターを描いてくれました。当時、私は父がデザイナーであるということをはっきりと認識していなかったのですが、父のあまりの上手さに「デザイナーってすごいんだな」と子どもながらに感動していました。

──いつ頃からデザイナーという道に進もうと考えられていたのですか?

中学、高校と漠然とした興味はあったのですが、はっきりとデザイナーを目指そうと思ったのは大学の進路を決めるタイミングだったと思います。私が通っていた高校はいわゆる進学校と呼ばれる高校で、東大や京大、関関同立などにも多く合格者を輩出している学校でした。進学校に入学したのは良いものの、入学後、成績が振るわずにどんどん落ちこぼれていきました。クラスには、夜8時に寝てもテストで100点取れる人たちがたくさんいるわけです。このような環境の中で私が考えていたのは、「この人たちと同じ戦い方をしていては絶対に勝てない」ということ。もともと絵を描いたり、ものづくりは得意だったこともあったのですが、改めて自分の進路を考えた時に、子供の頃に体験した父親の仕事姿や、父親の周りにいるデザイナーの方々が醸し出す楽しそうな空気感に素直に良い思い出が残っていました。この時将来の仕事として、デザイナーという選択肢に行き着きました。そこから筑波大学の生産デザイン学科を受験し、入学しました。

──色々な大学の選択肢がある中で、なぜ筑波大学の生産デザイン学科を選ばれたのですか?

一番の決め手は蓮見孝先生がいらっしゃったことです。蓮見孝先生は日産自動車出身のデザイナーで、当時からスタイリングや工業製品のデザインだけではなく、ソーシャルコミュニティや参加型デザインの研究をされていたりとデザインを幅広く捉えている先生でした。

大学では主にプロダクトデザインを学んでいたのですが、これには父とは違う道を行きたいという思いがありました。父はグラフィックデザインが専門で、同じことをやって比べられたくないという想いがとても強くあったのを覚えています。

領域をまたいで新しいチャレンジをし続ける

──デザイナーとしてのキャリアを国内の電機メーカーでスタートされましたが、当時のご経験はどのように今の価値観に繋がっていますか?

大学ではプロダクトデザインを学んでいたため、家電のデザインに携われる企業を選びました。入社してからはコンシューマープロダクトのデザインに従事していました。

ジョン・マエダさんが提唱するクラシカルデザイン領域の基礎はここにいるときに学んだことが糧となっていると思います。大学で学んでいた際はわからなかった、コンマ15mmの世界観や、こういう面や線の繋ぎ方だと気持ちよく感じ、そうじゃないと分厚く感じるとか、自分が引いた線が製品になっていく感覚やその線を引くときの責任感はここにいるときに身についていきました。

──その後富士通へご入社し、さまざまなことを経験されてきたと思います。実際に、入社されていかがでしたか?

「自分のキャリアの幅をもっと広げたい」と考え、転職を決意しました。前職ではデザイナーとして8年間働いていたため、ある程度のことはできるようになっていたんです。違う環境で自分の力を試したいという気持ちが大きくなり、スマートフォン事業が新たに始まるタイミングで新しい挑戦ができそうなこと、BtoBも含めてキャリアの幅を広げられそうと思い入社を決めました。

富士通は、やりたいことを最大限挑戦させてくれる環境でした。入社後2~3年はスマートフォンのデザインに従事し、プロダクトデザイナーのプロジェクトリーダーのような役割を担っていました。

転機が訪れたのはプロダクトデザイナーとしてのキャリアを歩み始めてから約10年経ったときです。この頃から自分が持っているプロダクトデザインの専門的なスキルを深めるだけでは解決できない社会課題や取り組めない領域が少しずつ見えてきて、モヤモヤとし始めました。そのときに当時の社長が、海外留学制度を作ると話していたので、これは挑戦するしかないと思い、留学することを決意しました。

留学はロンドンにあるRCA(ロイヤル・カレッジ・オブ・アート)に1年間行かせていただきました。

──RCAでの経験はご自身のデザイナーキャリアにどのように影響を与えましたか?

RCAでは、イノベーションデザインエンジニアリングという、デザインとエンジニアリングを行き来しながらイノベーションを考える分野を勉強していました。RCAでの1番の試練は、英語で講義を受けて、クラスメイトと対等に議論していかなければいけないことに加え、過去積み上げてきたプロダクトデザインのプロセスやアウトプットだけではチームに貢献できず評価されないことでした。これをきっかけに、今、自分は何ができるのか、チームやプロジェクトにどう貢献できるのかをより真剣に考えるようになりました。この試練は私の人生におけるとても良い経験だったと今でも思っています。

デザイナー以外のキャリアを持つ人や様々な領域のデザインを経験している人がたくさんいたので、クラスメイトとの会話を通して、プロダクトデザインだけでなくサービスデザインやUXデザインまで拡張していたと思います。当時、日本のデザインはまだクラシカルデザインが主流だったのですが、世界の舞台を体験し、デザインの領域はもっと広く、もっと取り組めることがあると再認識させられました。このタイミングでこの気づきを得られたことは、自分にとって大きな転機になりましたね。後ほどお話ししますが、今KOELでもまさに共創支援を通してサービスデザインなどプロダクトに閉じないデザインを担当しています。

RCAでの経験を通して、新しいことに対してチャレンジしていくことや主体的に領域を広げていくことを大切にしたいと考えるようになりました。RCAに行くと、RCAの学生はもちろん、日本企業の駐在員の方やロンドンでデザイナーをされている方と出会う機会が多くありました。その中でも、日立製作所の丸山幸伸さんとの出会いがとても衝撃的でした。知り合いに紹介していただき、丸山さんと一緒にデザイン談義をする機会をいただいたんです。お話の中で印象に残っているのは、「今後、デザイナーとして生きていくためには、美しいものをデザインするのか、新しいものをデザインするのか、自分の中でどちらを追い求めるか決める必要があるかもしれない」という覚悟を問われる話でした。この話から、私は人とは違うことや新しいことにチャレンジすることを重視してきたことを再認識し、これまで挑戦したことのない領域でデザインをしていきたいという想いが強まりました。

RCA時代の高見さん/画面左側奥

──RCAでの経験を通して、デザインの領域の広さに改めて気づき、新しいことにチャレンジしていきたいと感じたんですね。帰国後は具体的にどのようなチャレンジをしたのでしょうか?

帰国してすぐに、Ontenna(オンテナ)事業に従事し始めました。オンテナは髪の毛やえり元などに身につけ、振動と光で音を感じることができるユーザインタフェースです。聴覚障害者のニーズを何度も聞き取ったうえで、障害の有無にかかわらず皆で楽しめるものとしてデザインしています。私が帰国する直前に、オンテナのプロジェクトリーダーである本多達也さんが富士通に入社し、この事業を担当するデザイナーがまだいなかったため、一緒にオンテナ事業を担当することになりました。

仕事以外では、慶応義塾大学大学院SDM(システムデザイン・マネジメント)研究科にも通いました。RCAと日本の美大とのギャップからデザインの研究やデザイナー育成に興味を持ち、大学院に行くことを決意しました。日本の美大とRCAが違うのは、様々なバックグラウンドを持つ世界中の学生が意見を多様にぶつけていくことで新しいものを作るという環境があるかないかだと思っています。このギャップを実感し、日本の大学のデザイン教育に貢献していくことも将来的にやりたいことの一つになりました。余談ですが、いくつかの大学で外部講師として授業を担当する予定です。

その後、担当していたオンテナがグッドデザインの金賞を獲得したり、全国の聾学校に無償提供するというかたちで社会実装できたタイミングで、プロジェクトにおける自分自身の役割や、当時の自分が貢献出来ることに区切りがついたように感じました。様々な経験をさせてもらい、本当に感謝しかないのですが…。ただ、デザインの力を社会を良くすることにより時間を使いたいという気持ちが大きくなったタイミングでもあったんです。

そのタイミングでコミュニティやモビリティ、移動に関わる社会課題が存在する領域でデザインすることは、新しいチャレンジとしてとても面白いと感じ、日産自動車に転職を決めました。

当時はコネクティッドカーに対するグローバルでのデザインリサーチ業務や移動困難者の課題を解決するための新規事業にUXデザイナーとして携わっていました。社会的意義の高いプロジェクトに参加できたことは、自分のデザイナーとしての価値観を再形成してくれたとても良い経験でしたね。

2019年、オンテナがグッドデザイン金賞を受賞した際の表彰式/中央左が高見さん

長く時間をかけてデザイン組織を構築する

──ここまではNTTコミュニケーションズに入社する前までのキャリアについてお伺いしてきました。続いて、NTTコミュニケーションズでの経験について伺いたいと思います。まずは、なぜNTTコミュニケーションズに転職しようと思ったのでしょうか?

一つは、偶然の出会いでした。KOELの立ち上げメンバーである金さんとお話しする機会があり、その中でNTTコミュニケーションズではOPEN HUBという共創事業に力を入れていることを聞きました。OPEN HUBとは、図の事業共創プロセスにあるように、共創パートナーとなる企業の皆さんと共に、NTTグループにあるアセットや技術を用いながら、社会課題起点での新規事業創出を目的とするプログラムです。

OPEN HUB事業共創プロセス

人々の生活基盤となる社会インフラや、都市や教育のデジタルトランスフォーメーションなど社会に大きなインパクトを生み出す取り組みから、食のような生活に密着するような事業まで、幅広くSmart Worldの実現に向けて挑戦するOPEN HUB。 この話を金さんから聞きながら、これまでデザイナーとして私が携わってきた、オンテナなどのIoT領域やモビリティ領域などの特定の領域を深めていくことに加えて、幅広いインダストリーに対し、社会視点を持ちながら、そこへデザインの力で貢献していくことに大きな可能性の広がりを感じました。この領域に挑戦したいと純粋に感じたんです。

リアルとバーチャルの垣根を超えたコミュニケーションを可能にするOPEN HUB共創スペース

もう一つは40代になり、デザインする対象に対して長く時間をかけて取り組みたいと思ったことも理由の一つです。私のデザイナーとしてのキャリアは、モノのデザインから始まり、サービスやUXデザインにも幅を広げました。このようなキャリアを経て、今後は組織デザインや育成にも携わりたいと考えるようになったんです。

デザイン組織を作るにはやはり、長い時間を要すると思います。私が大企業のインハウスデザイン組織で経験したデザイン組織は、高度経済成長期に先人が苦労して蓄積し、作り上げたものです。デザイン組織を作るにあたって、従来のデザイン組織を真似することも一つの手だと思いますが、私は次の時代に向けたデザイン組織、ロールモデルになるようなデザイン組織を作りたいと考えています。

NTTコミュニケーションズのデザイン組織であるKOELはまだ立ち上がったばかりです。ゆっくり時間をかけて組織をデザインしたいという想いと、共創事業を通じデザインで社会をより良くしたいという想いで、入社を決めました。

──NTTコミュニケーションズへ入社されていかがですか?入社前後の印象のギャップがあればお伺いしたいです。

巨大なNTTグループを回すのにデザイナーが今だと約40人しかいないので、デザイン組織としては規模が小さいと思っています。ただし、組織がまだ確立されていないからこそ、変化に柔軟に対応することができると思っています。まだまだこれから、挑戦ですね。

生きているうちに人や社会の役に立つことをしたい

──個人としては、どのようなデザイナーになりたいと考えていらっしゃいますでしょうか?

自分が感じることには正直でいたいと思っています。デザインの領域が広がっていく中で自分が社会に対して何か貢献したいと考えたときに、自分が必要とする環境に飛び込む勇気は常に持っていたいです。

また、人との出会いはこれからも大切にしたいなと思っています。過去の意思決定を振り返っても、大学時代に蓮見先生と出会ったことや、ロンドンでお話させてもらった日立製作所の丸山さん、富士通でオンテナの開発メンバーと出会い一緒に事業に取りんだことや、今回のチャレンジではKOELでの金さんとの出会いなどキャリアの岐路で人に恵まれてインスピレーションを受けてきました。今後も意思決定に迷ったときには、一緒にプロジェクトや仕事を共にする仲間が持つ考え方やビジョンに自分が本当に共感出来るか、信じられるかというある種直感的な感覚は大切にしていきたいです。

──高見さんが見ている目線は人や社会に向いていますね。

そうですね。このような考え方になったのは、父と母のことが関係していると思います。母は40代で若くして亡くなり、父も30代の時に交通事故に遭い、その後デザイナーとしての仕事が思うようにできなくなりました。父と母の姿を見て、デザインの仕事をさせてもらえることのありがたさや、人生はいつ終わりが来るかわからないと実感させられました。自分に出来ることがあるのであれば生きているうちに人や社会の役に立つことをしたい。この想いは子どもが生まれてからどんどん加速しています。この想いをデザインにのせて、自分のデザインで社会を良くしていきたいですね。そんな挑戦をこれからKOELでしていきたいです。

編集部より

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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この記事を書いた人

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