
今回インタビューをしたのは、PR TIMESのプロダクト本部長 鈴木碩子さんです。高校時代にドイツへの留学経験などを経て、幼少期から自立した生活の中で人生の意思決定をしてきた鈴木さん。東日本大震災をきっかけに、メディア領域を中心にキャリアを積み、25歳のとき株式会社ismを起業しました。ismとしてPR TIMESグループに加入するまでの経緯や、プロダクト本部でのこれからの挑戦について伺いました。
鈴木 碩子(Sekiko Suzuki)|株式会社PR TIMES プロダクト本部 本部長
1991年生まれ、Webメディア「U-NOTE」にて毎月2000本以上のコンテンツ企画制作を統括。その後、複数メディアの立ち上げ・運営やヘアメイク等の広告コンテンツの制作を経験し、25歳で株式会社ismを設立。スタートアップメディア「BRIDGE」の Bloggerとしても活動。2020年にM&AによりPR TIMESへジョイン。2021年2月に開発とビジネスを繋ぐプロダクト部門の立ち上げを実施。現在はPR TIMESプロダクト本部長として、「行動者発の情報が、人の心を揺さぶる時代へ」のミッション実現に日々取り組む。
4年生ぐらいのとき友人の間で自分のホームページを持つことが流行って。ネット上で配布されているタグを組み合わせたり、可愛い画像を探してきて貼ったりしながら、自分好みのものを作って楽しんでいました。

生まれてから高校1年生までは愛知県豊川市で育ちました。その後、親がドイツで仕事をしていた関係で、高校2年生の時に自分も一緒にドイツに留学しました。一緒にとはいっても全寮制の学校だったので、身の回りのことは全て自分でする生活。その頃から私にとって、自分で何でもする環境が当たり前になりました。
留学の期間は、今までと違う文化や価値観に多く触れました。それまで普通に”日本の女子高生”だった私は、ドイツで出会った学校の同級生たちがゲームセンターに行かず、放課後サッカーやおしゃべりを楽しんでいる姿を見て、文化のギャップを痛感しました。部活や友達とのメールの日々に慣れていた私にとって、環境の変化に最初は戸惑いましたが、だんだん慣れて日本の高校時代とは全く違う生活を楽しむようになりました。
私が通った高校は、3年生になると受験対策のためにドイツから日本に戻ることになります。私は1人ではじめて関東に住む状況になったので、寮生活よりもさらに自立した生活を送る必要がありました。自分の住む家や通う塾、受験も全て自分で決めて見積もりをした上で「いつまでにこの手続きをしてください」と親に依頼して。親も自分の意思決定を尊重してくれていたので、学生時代から自分に選択を迫られる状況が普通でした。
高校3年生で進路を決めたきっかけには、ヨーロッパでいろいろな文化を見ていたことが繋がっていると思います。例えば、日本の友人が「もっとこうだったらいいのに」と言っていることがヨーロッパでは当たり前だったり。特に学生時代だったので世の中にはたくさん面白いものがあるのに、周りを見ると知らない人が多いと感じたんです。価値あるものを発見できずにいることはもったいない。いいものをきちんと届けられるようにしたいと考え、マーケティングを勉強できる学部に進学しました。
そこから大学を中退するに至るのですが、その大きな要因が東日本大震災です。テレビに映る津波の映像を見て「昨日あったものがこんなにすぐになくなってしまうんだ」という無常さと、これは全員が本気で頑張らなければいけないという焦燥感を感じていました。
それまで私は、家族からは「娘」として大切に育ててもらっていました。教養をつけるための習い事も沢山させてもらっていたし、 いつも守られていたと思います。自分はそんな状況に馴染んでいたし、どちらかというとサポート好きだったのですが、震災をきっかけに、自分は裏でサポートに徹しようという考えは大間違いかもしれないと強く思うようになりました。
また、このまま大学にいていいのかと考え直す機会にもなりました。大学に入り、社会や自分の人生について考えていた自分に対して、周りの友人たちからは「そういうの難しいよね」と言われることもありました。これからの2年間をどうすれば有意義に過ごせるかと考えたとき、大学を続けるよりも自分で経験を得た方が将来のためになるのではないかと思いました。
震災があったように、どんなことが起こっても生きられるようにしないといけない。そう思い、大学を辞め、社会人になることを決めました。

最初の1年間は、これから必要になりそうなスキルを得るために仕事や勉強をしました。おもてなしやコミュニケーションを学ぶためにテーマパークのキャストとして働いたり、ビジネスの基礎を学ぶために就職して営業職をしてみたり、と沢山の大人の方と出会い、経験を積み重ねました。
こうした経験を重ねたことで、21歳で個人でも仕事をもらえるようになりました。そんな時に出会ったのが、若手ビジネスパーソン向けのメディアを運営するU-NOTE(2018年に事業譲受し、現在はPR TIMES社が運営)です。それまで年上の人と仕事をすることが多く、同じ世代の人と事業をしたいと思っていた私は、社長が同じ年だったことをきっかけに業務委託からU-NOTEに参画しました。
その後、一号社員として入社し、コンテンツ企画部マネージャーとして1ヶ月に記事を2000本出すなどがむしゃらに働きました。本当に当時はスタートアップ真っ只中でした。
U-NOTEを辞めてからは、前職であまりにも必死に働いていたので数ヶ月OLを楽しもう!と思っていたのですが、ご縁のあった会社で正社員になりませんかというオファーをいただきました。最終的にはその会社でマネージャーを務めました。
その会社では、当時まだ社内で知見が少なかったデータ分析についての部署を立ち上げたり、前職で培った素地を生かしてメディアのリニューアルやSEOの改善などもしました。様々な部門を回りながら、自分は開発者ではないものの、これまで密接にIT産業に関わってきたことでかなり知見が溜まっていることに気づきました。デザインに関しても「まずはコンセプト設計をしなければいけない」などは経験的に理解していました。
ここに至るまで、本当にたくさんの人にお世話になりました。キャリアをスタートした時は20歳のただの女の子だった私がここまで仕事をさせてもらえるようになったのは、周りの大人たちのおかげです。そろそろ自分も社会に何か返さなければいけないという思いで、25歳のときにismを立ち上げました。
私は何か新しいことを始めるとき、いつもまずタイトルを決める習慣があります。ismを立ち上げた時も、なぜやりたいのかを言語化しながらメッセージングを決めました。その後、ディスクリプションを決め、コミュニケーションのトーンを考えて。それを一貫してぶらさないことを大事にしています。物事の成功ロジックとして世界観の設計が重要であることを感じていたので、ismには創設当初からデザイナーにも入ってもらっていました。会社は営利でなく社会のためにやりたいと思っていたので、コンセプト設計からデザイナーと考え、ビジョンなどの言葉を作っていきました。
まず、事業というよりも、女性の変容するライフスタイルに合う働き方を組織として開拓したいという思いがありました。私が会社を始めた2017年は今ほど女性起業家がたくさん出る時代ではありませんでしたし、自分らしく働ける環境を見つけ、適応していくことは簡単ではないと感じていました。
私は、何か課題があるところには必ずそれを生んでいる仕組みがあると思っています。例えば、木と火が近くにあれば放っておくと火事が起きますよね。もし離しておいても、そこに風が吹いたら燃える可能性があります。これはトラブルが起きやすい配置とオペレーションなんです。木と火を別の場所で保管すればそんなことは起こらない。
トラブルや課題は、仕組みの中に起こる理由があると思っています。だからこそ、仕組みを丁寧に作り、グロースしていく環境を作ることを大切にしています。
参考記事:「もっと、わたしらしく」が行動者をエンパワーメントする力へ
PR TIMESの代表取締役である山口さんには、ismの経営について、よく相談させていただいていました。視座を上げたいとき、モヤモヤを抱えたときに山口さんとお話しすると、頑張るぞという気持ちになれました。故郷が同じという繋がりもあり、私にとっては経営をする上でよりどころかつ尊敬する存在でした。
山口さんと意見交換をする中で、お話を伺ううちに自分の会社で山口さんの掲げるミッションのためにできることがあるのでは、と感じるようになったんです。そこから様々なプロジェクトでご一緒するようになり、最終的にismはPR TIMESグループへ加入することになりました。

プロダクト本部長のお話は私にとって晴天の霹靂という感じでした。PR TIMESは大好きなサービスだったので、まさかPR TIMESのプロダクトを担当させてもらえる、とは夢にも思っていませんでしたが、喜んでお受けしました。
期待されている役割の一つは、ビジネス側・開発側共にプロダクトに関わるメンバーの共通言語や理解を浸透させることだと思ってます。PR TIMESにはもともとプロダクトマネージャーという役割がなく、サービス開発本部はエンジニア中心のメンバーで構成されていました。お互いリスペクトをし合っていることは感じたのですが、両者がもっとうまく接続すれば、課題を解決し、プロダクトの品質をあげることができるはずだと感じました。そこでプロダクト本部として、開発本部の外から環境を整えています。
また、メディアや広報の最前線の現場にいた経験を生かし、業界に貢献することも個人的なミッションだと思っています。自分は長くメディアに関わってきたので、現場やビジネスモデルの課題や難しさ、そして可能性も多く感じてきました。そんな経験を生かして、PRの概念をより広めるためにPR TIMES MAGAZINEの立ち上げも担当しました。

プロダクト本部に配属されて、まず何を大事にするのかとどういうチームにするのかの2つを決めました。
まず、大事にしたいのは、新しい体験価値を生み出すことです。ニーズに応えて作るのはもちろんですが、便利になるだけでは世界の広がりに寄与できません。PR TIMESのプロダクト本部では「その機能で人の心は動かせますか?」「修正だけではなく、体験価値は定められていますか」と問うことを大事にしています。
また、プロダクト開発で大切にしたいチームカルチャーとして、苦しい時に大事にしたい3つの指針を決めました。
最高を求める
合格を求めず、常に業界レベルで最高のチーム・個人・価値・品質へのアウトプットを永続すること
未来を考える
未来的思考で最先端技術や手法に積極的にチャレンジし、新価値や手法を生み出すこと
良き理解者である
組織内外全てのステークホルダーにとって常に彼らの良き理解者であり新たな価値を発見・提案する存在であること
現状はこのメッセージを十分に体現できる状況になるにはまだまだ、という部分ですが、だからこそ一緒に働くメンバーと共に大事にしていきたいです。

プロダクト本部は今やっとチームとして軌道に乗れるかどうかという状況です。最低限、プロダクトが開発される、という基盤のスタート地点です。だからこそ、これからプロダクトをどんどん良いものにしたいと思っています。
私はPRやメディアの業界が大好きです。Public Relationsの概念は非常に可能性があると信じています。
たまたま見たニュースや、街を歩いているときの発見など、何か自分がこれだと思うものをキャッチするための情報はいろいろなところに溢れています。そんな情報を、その人が受け取りたかった形で受け取れたら、世の中がもっとプラスになる。それに出会わなかった時よりも人生の幅が広がるように皆様の活動の発信を広げていきたいです。
チームの中には成長意欲の高い人が多いので、同じように自分の成長とプロダクトの成長にコミットできる人が向いているのではないでしょうか。
また、その中で本質的な議論を大切にする人がマッチすると思います。メディアの現場では、リリース直前に画像の変更などが発生することがあります。そういうときにも「修正しなきゃ」というファクトに囚われるのでなく、最後まで本質的にいいものってなんだろうと考えられる人と一緒に働きたいです。
私自身、昔からクリエイティブがとても好きでした。デザイナーに要点が伝わらないまま「形だけ作って」といった依頼が来てしまう環境は全く望んでいません。PR TIMESのプロダクト本部は、専門性の高い人がしっかりとプロフェッショナルとして働ける集団を目指しています。そのための環境を作ることが自分の使命です。
なので、「業務上これで」というスタンスではなく、本当にデザインを開拓し、研究したい人には良い環境だと思います。躊躇なく自分の強みを発揮してくれる人と一緒に、いいものを作って世の中に発信していきたいです。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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この記事を書いた人

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