
今回はROLLCAKE Inc.でCXOを務める伊野亘輝さんのインタビューをお届けします。企画段階から並走することが多く、デザイナーとエンジニアの仕事が分業されていた頃からチームで働く楽しさに気づいていたと自らを振り返る伊野さんは、どのような選択を重ねて現在のポジションにたどり着いたのでしょうか。 フリーランス時代に担当した2種類の仕事の違い、事業会社での経験、創業のきっかけなど、CXOになるまでの道のりを辿ります。自らのキャリアをゲームに例えたお話も登場するので、今後のキャリアを考えたい方はぜひ最後までご覧ください。
伊野亘輝 | ROLLCAKE Inc. CXO
立教大学経済学部卒業後、Webやアプリのデザインの経験を経て、2012年にレシピ投稿サービスのクックパッドに入社。クックパッドの iPhone アプリのフルリニューアルを行うかたわら、新規事業を立ち上げて13年11月にクックパッドから独立し、ROLLCAKE Inc.を設立。『レター』や『ALBUS(アルバス)』をリリースし、サービス企画から体験設計、UIデザインまで手がけている。
就職活動はしていませんでしたね。みんなで同じスーツを着て「右に習え」っていう感じや、経済学部だと求人募集が営業しかないことが嫌でした。でも授業の単位は取っていたので、普通に卒業しちゃって、実際に卒業してしまった後に結構呆然としました。「俺は本当に何者でもなくなるんだなぁ」と思いました。それで半年くらい悩んで、部屋にずっとこもっていました(笑)。
半年くらい引きこもったら全部吹っ切れて、高校〜大学と積み上げてきたものが「もう全部いらないわ」と思えるようになりました。それで自分が本当にやりたいことを考えた時に、ものづくりだと思ったんです。でも、何から始めればいいのかも分からず、相談できる人もいなかった時に、新聞広告で見つけたのがデジタルハリウッドでした。話を聞いてみると、200万くらいかかることが分かったのですが「とりあえず専門学校には通わないと」と思ったので、1年で200万を用意するためにバイク便を始めて、夜は課題に向きあっていました。当時はかなり不安でしたね。今思えば、かなりやばい投資だったと思います。
周りは転職を考えている20代後半の人たちだらけで、僕はクラスで一番真面目だったと思います。ずっと課題をしていました。当時のコースではWebがなくCGだったのですが、最後の方はFlash2の授業を受けていて、そこでWebに興味を持ちました。 入学から1年後、100人規模の卒業作品展で賞をもらったんです。受賞をきっかけに、講師の人に「やる気があるんだったらうちの会社を手伝わない?」と声をかけられて、全社員数10人ほどの、プロモーションと企画制作をしている会社へアシスタントデザイナーとして入社しました。それがデザイナーキャリアのスタートです。入社して半年後くらいで先輩デザイナーが退職してからは、メインデザイナーとして仕事をしていました。

はい。その後、1社目の会社に1年くらい勤めた時に、友人から「力を貸してくれ」と誘われた会社にWebデザイナーとして転職をしました。当時を思い返すともっと自分のことを試したいと言うか、いろんな角度で仕事をしたいという気持ちでした。 転職先では企画やWebのほかに、CDをオンデマンドで作る機械も扱っていたので、Flash、HTMLを使ってソフトウェアのインターフェイス部分にも携わっていました。見た目だけを整えても使ってもらえないので、仕事をしている最中でも企画段階に口出しをして、「なんで筐体でやるのか。インターネットがあるんだから、サーバーで管理した方がいいんじゃないか」みたいな話をしていたら、すごい煙たがられましたね。でも、結局その1年後にはiTunesが登場しました。もちろん金銭的にも同じことは実現できなかったとは思いますが、そのくらい企画段階から関わろうとすることは多かったです。
その当時、企画にガンガン口出してくるデザイナーって珍しかったのかもしれません。たぶん、周りからは変なやつみたいな感じで見られてましたね(笑)。
2社目の会社を退職した後、フリーランスになりました。企画段階から並走したことで自信がつき、なんとなく自分の手の中で触れるところはできる感覚があり、本当にできるのかスキルを試したくなって転身しました。27〜8歳じゃないですかね。そこから4年ぐらいフリーランスをしてました。その当時、フリーランスのデザイナーの仕事は2種類に分かれていました。
1つ目が、完全受託。売上は安定しますし、トラブルも少なかったです。やることが決まっていて、言われたものを作るだけなので責任は少なめの仕事でした。 2つ目は、プロジェクトチームにデザイナーとして参加するタイプの仕事。これは最初に提示された金額から低くなっていくこともあるし、もっと減ることもあります。だけど、チームで「ああでもない」「こうでもない」と言い合いながらものを作ることができる。チームそれぞれが担当範囲に責任を持つので、重みが違う。
僕は最初の2年までは受託をやることが多かったです。ただ、受託のプロジェクトでもそもそもの部分に口を出すことが多くて、やっぱり僕はうるさいタイプのデザイナーだったんですね(笑)。
その頃の僕の評価は二極化していたと思います。下手すると煙たがられるけど、一方で「今度ちょっと相談に乗ってほしい」と誰かに頼られたり、プロジェクトに呼ぼうと言ってもらえたり。その結果、チームで動くプロジェクトを少しずつやり始めるようになりました。
それぞれのスペシャリストが集まって一緒にものを作るのがすごく楽しくなったんです。今と違って、エンジニアとの仕事は完全に分業だったのですが、エンジニアともチームになれることが面白かったです。 普通だとデザイナーとエンジニアは部署から違うので、隣で座って一緒に作業するなんてこともまずなかった。ペラを作って、向こうで開発だけやってもらうのが普通だったんです。でもチームになると、僕だけじゃなくてエンジニアも色んなところに口出してきたり、ワイワイ進められるのが楽しかったです。そんな経験を経て、もっとチームでの経験を積みたいと考えるようになりました。
あとは、プロダクトやサービスに愛着を持って仕事をしていたので、納品したらさよならになってしまうのが寂しかった。納品後に公開されてるものを見て「あれは俺が作ったものなのに…」と思うこともありました。だったら一つの事業に入り込んでみようと、ECのベンチャーに転職しました。入社したのは2003年で、Web 2.0が来るちょっと前でした。突然社長から「ちょっと会いましょう」とメールが来て話を聞きに行ったら、その会社では抱えている在庫の中から商品を売るのではなく、在庫を持たずにデータ化して、在庫元の上流から直送するということをやっていたんです。物流のあり方を変えていて「面白そうだな」と思って入社して、ビジネスの基礎やサービスの作り方を学びながら3〜4年過ごしました。感覚としてはスタートアップに近かったです。チームで考えたアイデアをサービスに落とし込みユーザーに使ってもらうことで、ビジネスのサイクルを回している実感を持てた経験でした。
そのあとWeb2.0やiPhoneが登場して、デザイナーが提供できることが「ビジュアル」から「価値」に変わったと思います。そんな変化を受けてアプリへの興味が強くなり、2010年にジェネシックスに入社しました。入社のきっかけは藤井 幹大さん(ジェネシックス チーフUXデザイナー)からのメールでした。いつも知らない人からメールが来るのがきっかけですね(笑)。
ジェネシックスにはアートディレクターという肩書きで入社しました。いちプレイヤーとしてアプリアイコン作成などのデザイン実務を行いながら、全体のクオリティにも責任を持つという役割でした。同時にチーフUXデザイナーの藤井さんと、体験設計の部分も進めていました。
サービスがコンパクトに凝縮され、コアとなる体験をベースに機能が入っていることが魅力的だなと思いました。今まではHTMLやサーバーを使って10人体制でやっていたことも、アプリなら3人くらいのコンパクトなチームで作れることがとても新鮮で、惹かれました。
実際にアプリのデザインを始めると、今まで作ってきたものがどれだけ体験が分散していたのかが分かりました。サービスのコア体験を軸にデザインすることを学びましたし、ビジュアルも上流の体験設計も含めて、サービスの作り方を勉強することができました。
サービスの裏側はとても複雑ですが、実際に使うユーザーにとって複雑さは関係ありません。そして、その複雑さの総数は減らせないんです。 複雑さを翻訳して、簡単そうに見せること。どうすれば人が動くのか考えること。デザイナーはそういうことを考えるべきなんだと実感できたのが、ジェネシックスでの経験です。デザイナーとして成長できた転換点でした。


伊野さんがジェネシックス時代に制作したものの一部

良くも悪くもスタートアップでチャレンジングな環境でアプリのデザインを学んできましたが、培ったものが100万単位のユーザーにも通用するのか、ぶつけたくなったんです。
当時は100万単位のユーザーを抱えているサービスなんて国内でいくつかしかなくて、そのひとつがクックパッドでした。ユーザー数はWebだと1000万ほどいたので、挑戦するにはよい環境だと思って、転職しました。UIやiOS、新規事業の部署を経験し、ずっと上司に「とにかくアプリがやりたいです、改修をゼロからこんな風にしたいんです」と言い続けていました。その結果、とても大掛かりなフルリニューアルを任されることになりました。
やっぱり自信がつきました。ユーザー数が多いので、フィードバックの数もものすごいんですよ。中にはネガティブなフィードバックもありました。でも、気づいたら最初にコミットしていたある指標である数字を達成していたんです。この経験は自分の自信に大きく繋がりました。
「サービスを作ってみる」「アプリで小さいサイクルを回せるようになって、再現性を500万ユーザーに対して確かめた」「じゃあ、自分でも作れるんじゃない?」と思いました。サービスとは、価値と対価を相互に還元しあうサイクル だと思い、そのサイクルを自分たちでも作れたらとROLLCAKE Inc.を作りました。
会社に「自分たちでやってみたいんです」と伝えたところ「チャレンジするのは良いけど、家族がいる中で自分たちだけでやるよりも、一旦子会社にならないか」と提案をいただいて、完全子会社として始まったんですよ。

ROLLCAKEが運営するカレンダーフォトサービス「レター」
創業した後は徐々にメンバーが増えていき、今ではオフィスに入りきらないくらいになっています(笑)。デザイナーだけで4名いて、僕自身は彼らにプロジェクト単位で任せながら、最後の出口だけを見守る役割をしています。
僕自身のキャリアの歩み方ってドラクエに例えられるんですよ。僕はずっと魔法戦士になりたいと思っていました。戦士はビジュアルコミュニケーションをある程度まで極めた人。魔法戦士は上流からビジュアルまでを一貫してできる人だとします。 ドラクエでは魔法戦士になるためには、戦士のスキルを上げないと魔法戦士になれません。僕は、もともと上流とビジュアル両方をやってきて、ある程度まで魔法戦士にはなれたかなと思います。でも、それは立ち上げ期までの話です。
クックパッドで体験したサイクルの話に戻りますが、サービスとは価値と対価を相互に還元しあうサイクルを回し続けることです。 会社を立ち上げ自分たちでサービスをやってみたことで、そのサイクルにプラスしてサービスのファンを増やす というもうひとつの大きな軸を知りました。なので、今はそれを高めていくスキルをもう少し伸ばしたいと思っています。これからは収益の出し方やファン作りの方法を、納得できる形で体系化しておきたいです。そうすると賢者になれるのかなと。魔法戦士どまりではなくて、賢者まではなりたいです。それでようやくサイクルの一周なので、今はまだ一周していないんですよ。
例えば、スタイルシートやビジュアルって一人でも黙々と進められるじゃないですか。でも、もっと上流工程になると絶対に一人だけではできないんです。リアルな問題をぶつけ合ってフィードバックしあうシステムの中に飛び込むこと、そんな環境を自分で探すことが大事だと思います。
自社サービスとクライアントワークを両軸でできるような登竜門的な企業に行くのもいいのかなと思います。いきなり大きいサービスに入ると、実はあまりやることがなかったり、取り組む問題の質が変わらないので、やったことがつながらず点にしかならないケースはよくあります。なので10年くらい働き続けていざ転職となっても、どこにも求められないことがある。だったら、3年で10個くらいの課題に向き合って考え続けるような、チャレンジングな環境に飛び込んでみてほしいです。 デザイナーは、サービスづくりの最上流から入ることを求められてきています。上流に行くために、環境などは気にせずにリアルな問題へ飛び込んでみることが大事じゃないかなと思います。
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この記事を書いた人

ReDesigner
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