「刈り取りと種まきを交互に」ゼロをイチにする、ビジネスデザイナーという職業
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インタビュー

「刈り取りと種まきを交互に」ゼロをイチにする、ビジネスデザイナーという職業

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今回お話を伺ったのは、ビジネスデザイナーの佐々木康裕さん。佐々木さんは大手総合商社からデザインスクールを経て、デザイン・イノベーション・ファームTakramに参画。事業戦略やコンセプト立案などの領域を中心にデザイナーとして活躍されています。 「デザイナーになりたかったのではなく、事業の立ち上げがやりたかった」という佐々木さんが、デザインに出会ったきっかけや、自分がやりたいことを実現するためのコツを伺いました。

事業立ち上げをやりたい。新卒で大手総合商社へ

ー本日はよろしくお願いします。今回は、佐々木さんが現在のビジネスデザイナーになるまでのキャリアについて詳しく伺っていきたいと思います。まずは、学生時代のことを教えてください。

僕は芸術系の学校ではなく、政経学部出身なんです。小中高ではサッカーばかりしていたのですが、何度か怪我を繰り返していたので、大学に入ってからは全く違うことをしようと考えました。そんなときにテレビで、史上2番目の若さで土門拳賞を受賞した金村修さんのことを知り「サッカー以外にも色んなことで活躍している人がいるんだな」と気づいたんです。そこから写真を始め、大学では写真部に4年間所属していました。写真は僕にとって初めて個人で評価される経験でした。それまではサッカーをしていてチームで評価されることはあっても個人で評価されることはありませんでしたから。当時はデジカメもなかったので、バックパックにフィルムをたくさん詰めて、バックパッカーをしていました。

ー就職活動はされましたか?

就活の時は自分の進路に悩みましたね。写真家の先輩はいましたが、苦労しているのを見ていたので。色々考えて、芸術やデザイン、アートを仕事にする人たちが、経済的に安定するような仕組みを作りたいと思ったんです。そこで、何かを作るときのいちばん大きな単位である「ビジネス」を作るために、新卒では商社に入社しました。

新規事業に興味があったのですが、新規事業ができる部署を調べているとIT系の部署が良さそうだとわかりました。幸いなことに最初からIT系で新規事業を作る部署に採用してもらいました。意を汲んでもらい、すごくラッキーでしたね。

その部署は、新規事業以外にも色々やっていて、ITの機器の輸入や、ベンチャー投資にも携わっていたのでシリコンバレーに半年くらい行ったりしました。一週間で何十社も評価して「ここはダメ」と言っていた会社が上場するのを経験したり(笑)。ビジネスは不確実性が高くて複雑で、成功や失敗の要因なんてわからないということを体感しながら学びました。それは、現在Takramで携わっているプロジェクトにも通じる点だなと思います。

ー今のところ、羨ましいという言葉しか出てきません(笑)。

帰ってきてしばらく経った後、官民人事交流制度の枠になぜか選ばれて、2年間限定で経済産業省に出向し「経済を盛り立てる」という観点で、IT政策を考えていました。それが2011年のことです。 僕もそんなキャリアがあるなんて知らなかったので、特に希望していたわけではありませんでしたがチャンスだと思いました。国の政策を考えられる機会なんて中々ないし、苦労もしましたが、もともと大学でアジアの政治経済を専攻していたこともあって、すごく楽しかったですね。

シリコンバレーにいた経験から、海外と日本でまったく違うビジネスをしていることが分かっていたので、当時は日本では言及する人も少なかったビッグデータやIoTといったものを、日本でインストールしていくのは楽しかったですね。ただ、忙しかったです(笑)。

2年間経済産業省に出向したあとに、商社を退職しました。実は、出向する前からMBAで留学する準備をしていたんです。商社からは留学のサポートもするとも言っていただけたんですけど、お断りしました。商社ではできないことをやりたかったですし、友達と始めたい事業があったんです。でも、その事業は結局全然うまくいかず、「俺は会社の看板を背負わないと何にもできないんだな」と思い知らされた経験も、決断に大きな影響を与えました。

MBAを調べていたらデザインスクールに出会った

MBAに行きたかった理由は、自分で事業を立ち上げたかったからです。そのために必要な手順や作法などをほとんど知らなかったので、ちゃんと勉強したかったのですが、MBAでは事業の立ち上げ以外にも、組織論やファイナンス、人事論なども勉強する必要がありました。 僕はゼロイチの事業を立ち上げる方法を知りたかったので、それだけを学べるところを探したら、デザインスクールに出会ったんです。

ーデザイナーになりたかったのではなく、事業立ち上げを学びたくてデザインスクールだったんですね。

当時僕が影響を受けた本に、ダニエル・ピンクの「ハイコンセプト」があります。その本では、MBA(Master of Business Administration)からMFA(Master of Fine Art)という考え方が紹介されていました。これからはビジネスをアート的な感覚でできる人が、新しい事業を作っていくと書いてあって「僕がなりたいのはこっちだ」と感じたんです。そこで、アート的な感覚とビジネスを同時に学べるカリキュラムを探して、アンテナを張っていました。

そんなときに、佐宗邦威さんのブログを見つけたんです。ブログのタイトルが「ビジネスとデザインの交差点」なので、当時「ビジネス デザイン」などでググって見つけたのだと思います(笑)。 佐宗さんは大学院の一年先輩なのですが、ブログに書かれていることがとても興味深く、僕に似ていると思ったんです。佐宗さんは元々は左脳タイプで、バリバリビジネスマンをやっている方でした。そこでブログからコンタクトをとって、スカイプで色々とお話しする機会をいただきました。佐宗さんとお話した結果、留学はMBAではなくデザインスクールにしようと決めました。

実は留学直前には、IDEO・Takram・AXISが共同で開催していたデザイン思考のワークショップに参加したことがあります。当時はTakramのことは知らなくて、「IDEOがやってるならちょっと覗いてみよう」と思って参加したくらいなんですけどね(笑)。

ー最終的に、イリノイ工科大学に進まれたんですよね。

イリノイ工科大の1年間のコースを選択しました。2年間のコースをぎゅっと圧縮した感じで、めちゃくちゃ大変でしたが、学べる総量はそこまで変わらなかったので。 あとは当時30歳くらいだったので、2年間キャリアに空白期間が生まれるのはどうかなと思ったんです。

実際の授業では、どうやって事業を立ち上げるのかということにデザイン思考のアプローチを用いていて、僕がやりたかったことにぴったり当てはまっていました。授業も基本的にケーススタディーが中心です。例えば「FedExが新規事業を立ち上げる時どうするか」「Amazonの新規事業を考えなさい」という課題をチームメイトと考えたりしましたね。

MBAのプログラムと似ていますが、ファイナンス、人事、組織の授業は全くありません。新規事業立ち上げのための、デザイン思考の方法論、フレームワーク、実践をとにかく叩き込まれました。 特に印象に残っているのは、プロトタイピングの授業です。生徒はビジネスバックグラウンド、デザインバックグラウンドが半々くらいだったのですが、デザイナーの人たちはすぐに手を動かし始めていました。ビジネス視点ではリサーチや分析をして、案を出して、チームが一番いいと思ったものを作るプロセスが一般的ですよね。そこの考え方の違いをはっきりと感じました。

今まで僕が経験してきたビジネスでは、プロトタイプを作ったこともないし、デザイナーと一緒に何かを作ったこともなかったのですが、説得するプレゼンテーションを20枚作るより、ラフでも良いから一つのプロトタイプの方が強いことや、論理より感情の方が人は動くことを知りました。今まで自分がやっていたアプローチは、世の中の半分くらいしか見えていなかったんだなと。

「ビジネスデザイナー」が生まれるまで

ーデザインスクールに行った後のキャリアは考えていたんですか?

デザインスクールに行った後は、デザインファームに行って新規事業の立ち上げをしたいと思っていました。商社にいた頃からいろんな仕事に携わらせてもらう中で、自分はオペレーション系の仕事がすごく苦手だけど、クリエーション系の仕事なら情熱を持ってできるし、得意だなと感じていたので。

デザインファームってビジネス、プロダクト、サービスの立ち上げを数ヶ月でやるじゃないですか。自分が得意なことをいろんな分野でできるって最高の職場なんじゃないかなと思いましたね。

ビザなどの関係でアメリカで就職するのは難しかったこともあり、日本のデザインファームで働こうと思いました。僕のリサーチ不足かもしれないのですが、当時唯一知っていた日本のデザインファームが、留学直前に参加したデザイン思考ワークショップの共催会社だったTakramだったんです。当時のTakramは、社員がブログを書くプラットフォームを運営していて、そこで書かれた記事を読み「思考が深くて哲学的だな」と共感していたのも決め手でした。 それでシカゴから電話面接して、代表の田川と渡邊と話しました。最後に「じゃあ、帰国したら来てください」と言われて、会ってないのにいいのかと思いましたね(笑)。

Takramに入ろうと思った動機も、ビジネスを作りたいという元からある気持ちからでした。実際、Takramにご依頼いただくプロジェクトは新規事業の立ち上げが多いのですが、それに対してどんなアプローチをしたらいいのかを考えていきたいということもあって、Takramでは「ビジネスデザイナー」を名乗っています。

ーデザインストラテジストなど様々な名称がある中で、あえて「ビジネスデザイナー」と名乗っているのでしょうか。

実は僕も一時期、ビジネスストラテジストを名乗っていたんです。でも「これ分かりにくいよね」と田川や渡邉にも言われ、シンプルな「ビジネスデザイナー」になりました。あんまり深く考えていないです(笑)。

ー海外ではストラテジックデザイナーと名乗っていると、クライアントとの会議に入っていけないことがあるので、専門家という意味合いでデザインストラテジストと名乗るケースもあると聞きました。

なるほど。ちなみにデザイン思考には流派があって、西海岸派とシカゴ派に分かれるんです。シカゴのデザイン思考では、ストラテジストが多いですね。向こうのデザインファームには、リサーチャー、デザイナー、ストラテジストが同じくらいのバランスでいます。ストラテジストは結構多いんですよ。日本では今でも、ビジネスデザイナーですと言ってもスッと理解してもらえないことはありますね。その悩みはずっと抱えています。

バリューを発揮できる環境は自分で切り拓く

ーTakram に入られて何年になりますか。

2014年の夏に入ったので4年くらいになります。実は、Takramに入った当初は、自分が能力を発揮しやすいプロジェクトがほぼない状態でした。当時の社名は「takram design engineering」だったので、UI/UXデザインやエンジニアリング系の仕事が多く、クライアントもそうした知見を期待している状態でした。戦略を考えたり、デザイン思考的なアプローチができるプロジェクトは少なく、僕が活躍できるフィールドは限られていました。

でも、代表の田川の懐が広くて「新しい人が入るということはTakramの輪郭が広がること」といつも言っているんです。実際に、僕が活躍できるように環境も整備してくれました。新しいプロジェクトの話が来たときには、こちらからデザイン思考的なアプローチの提案をしたり、ものづくりの領域以外の、ストラテジーを組み立ててプロジェクトの設計をするとか。入社後1年半くらいかけて、自分の裁量をどんどん増やしていきました。ここ2年くらいは、自分がフルにバリューを発揮できるようなプロジェクトが増えてきました。

ー佐々木さんは、意図してデザイナーになっていないところが面白いキャリアですね。同じように、ビジネスデザイナーになりたい人は多いのではとも思いました。

個人的にお問い合わせをいただくことが多く、月に何名かとはお会いしています。ここ1年半くらいは、自分のようにビジネスバックグラウンドを持っていて、Takramのフィールドで活躍できる人を探しているのですが、まだ見つけられていないです。 一般論になりますが、コンサルティングファームにいた方や、事業企画をバリバリやっていたような方が、Takramにダイレクトに入ると、最初は少なからず苦労すると思います(笑)。私がデザインスクールで、デザインバックグラウンドの人との違いを感じた時と同じように、マインドセットや仕事の進め方、服装を含めて、違いに戸惑うんじゃないかな。

Takramにマッチするのは、異なるマインドセットの人と同化する経験をしている人かなと思います。でも、ビジネスデザイナーを募集するにあたって、ミニ佐々木のような人を求めているわけじゃないんです。自分と違うバックグラウンドを持っている人にも凄くリスペクトを持っています。ビジネスとデザイン両方の言語を話せる人が増えるといいなと思っています。

ーReDesignerとしても、ビジネスとデザインの架け橋になれるようなデザイナーを増やしていく支援ができればと思います。ReDesigner Magazineは、デザイナーのキャリアを再定義するメディアなのですが、キャリアを転換するときの意思決定の基準を教えていただけますか?

「自分のパッションに従う」とかではなく、私は打算的な面もありましたね。 大前提として、新規事業をやりたいのと、常に世の中の数年先を行きたいと考えています。商社時代にやっていたベンチャー投資も、そういう文脈で楽しかったんです。 実は2007、8年はインドでビジネスをすると面白いんじゃないと思っていました。当時はみんなインドなんて見向きもしないで中国を見ていたんですけども。いや、インドでしょと思って、そのリサーチをしていたんです。

デザイン思考にも同じ匂いを感じていました。人が興味を持って投じてくれることを嗅ぎ分けて、そこに自分があらかじめ準備しておくことは大事かなと思います。常に世の中の流れを読みつつ、ポジショニングを考えるのがいいと思います。そういう意味で言うと、ビジネスデザイナーという職は、5年後の世界なら希少性を持っているとは思いません。だから、2023年くらいになったら何をしようかなと常に考えています。

数年前に蒔いた種の刈り取りだけでキャリアを築いていると、自分自身が飽きちゃうかなと思うので、刈り取りと種まきを交互にやっていくのがいいのかなと思います。 なので「最近刈り取りばっかりやってるな」と思ったらキャリアの転換点ですね。僕自身も、今その時期が来ているので、刈り取りは次世代の若い方に任せて、次の種まきに入ろうかなと思っています(笑)。

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